最近は、医者もそうなってきているみたいですね。特に、研修医の先生は。働き方改革ですかね。
僕の世代の前はモーレツ社員なる言葉があり、働けば、働くほど、いい生活が手に入り、みんな頑張ったんでしょうね。
今は、みんな生活に困らなくなり、モーレツである意味が無くなったのでしょう。
医療は、患者さんの命を預かる聖職です。徳田虎雄先生のお金がなく、田舎であったために、命を落とした弟さんのことをきっかけに徳洲会をつくられたように、医者を選んだら、ある程度の自己犠牲は必要だと僕は思っています。
時代が変わっても、そこは普遍だと思っています。でも、部下には、豊なプライベートを充実させたいとも、思っています。
少なくとも、僕は札幌ハートセンターや、患者のためには、自分プライベートは、犠牲にしています。
でも、最近は、皆んな頑張ってくれているので、感謝です。
3 件のコメント:
雇用者に仕事上の自己犠牲は必要ないと思います。それを強いる企業こそが「ブラック企業」です。この先生の書き込みは暗に自己犠牲を強いているように感じます。部外者の私でさえそう感じるのですから、実際に先生の支配下で働いている方がこの文脈を見たらなおのこと感じるのではないでしょうか。飴と鞭を巧みに使った言葉のプレッシャーのように思えるのは私の杞憂だといいのですが。
仕事上の自己犠牲は必要ないと思います。そのとうりです。
医療という仕事ではどうでしょうか?夜は病院は、やすみですから、みません。それでもいいのかもしれませんね。
でなければ、ブラックと言われます。
医療は、そのような意味では、自己犠牲なく成り立たない職業であるということなんです。それを分かった上で、いかに自己犠牲を減らすようにしていくかが、トップの仕事なんだと思っています。
医療系の仕事を選ぶということは、そのようなことだと思っています。
そして、医療に働き方改革を通常の仕事のように、持ち込むことの、危うさも危惧しています。医療は、聖職である。それが僕の持論です。
あと、部下、職員には、自己犠牲はさせたくありません。それは、僕が医者になってから、自己犠牲をしながら、医者をやってきています。そのせいで、犠牲になった部分も多々あります。それがわかっていますので、おなじ思いはさせたくないので、努力しています。
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