2011年10月14日金曜日

検査技師

当院では、山下技師長を中心にバスキュララボを仕事としたエコー職人を育成しています。グローバルな動脈硬化のエコー検査のみならず、今後は、外科の弁形成、心筋リダクションなどのための心機能、弁機能などの評価のエコーもマスターすべき研修をどんどんしてもらっています。検査技師として、極めて高いやりがいのある施設になっていっています。

増築後には、バスキュララボの部屋は倍になり、エコーも8台以上いれていきたいとおもっています。

やる気のある人募集しています。

札幌ハートセンター

現在は、われわれは法人名 札幌ハートセンターとして、認可されています。今後は、その名に恥じないように、施設を社会貢献できるようにしていく必要があります。

カテーテル治療、心臓血管外科治療、不整脈治療を中心に、ステントグラフト、下肢静脈瘤レーザー治療、カテーテル治療による弁置換術、心不全治療のCRTDなどを、積極的に展開をしていきたいと思います。

もうひとつは、ロタブレーターを再開できるようになることです。4年間これがない状況でのカテーテル治療も勉強になりました。ただし、次の世代の(鹿島、菅野、小林、杉江、金子)ドクターにロタブレーターを伝授きることになり、大変うれしく思っています。レーザーとロタブレーターとも、伝授していきます。

検査技師(バスキュララボ)がやはり、現在は、8人では足りません。まだ、募集をしたいと思っています。

2011年10月8日土曜日

心臓外科医 南淵明宏先生

大和成和病院から、東京ハートセンターで心臓外科をしている有名な南淵明宏先生も、道井先生を手伝う形で、一緒にやっていただきます。得意のMIDCABを北海道に広めたいと思います。

南淵先生は、以前から知り合いでした。心臓外科医を探しているときに、応援をお願いすることを以前から約束をしていました。

そのメールをしたときに、不思議な縁です。南淵先生も大和成和をやめることになった時期でした。ぜひ、札幌ハートセンターに協力をしてくれることになりました。東京ハートとの掛け持ちでお願いしています。

心臓外科医は、道井、南淵、角野先生がきまっています。麻酔の先生もきまっており、心臓外科は順調にいくと思います。

道井先生と南淵先生が働く心臓外科病院って、夢のようです。

感謝です。

病診連携の会

本日は、後楽園ホテルで、病診連携の会をさせてもらいました。職員もあつまりしっかりと勉強をさせてもらいました。来年は、256列CTとMRIが入ります。より、早期発見、早期予防のために、レントゲンとともに、いろいろと考えていきます。研修もしっかりしてもらい、一番のレントゲン部門をつくっていきたいと思います。

2011年10月7日金曜日

心臓外科医 道井洋吏先生

心臓外科医としは、大野の道井先生として、一般のかたにも、広く知られている先生です。

北海道大野病院の元院長の道井先生が、来年できる心臓外科のトップとして僕と一緒にSCVCおよび札幌ハートセンターをより、盤石なものにするために、一緒に働くことができるようになりました。
僕が理事長、道井先生は、副理事長で二人で、当面はSCVCをひっぱっていきます。

道井先生は、手術数の統計が始まった頃から症例数ナンバーワンの地位を不動にしてきた道内を代表する心臓外科医です。

心臓カテーテル治療では、僕は北海道内では、前病院時代から、症例数ナンバーワンでやらしてもらっています。

外科と内科の手術症例ナンバーワン同士で、この札幌ハートセンター、SCVCをやれることが、僕にとっては、一つの夢の実現です。

なによりも、患者さんにとって、一番の外科医と一番のカテーテル治療医による治療が受けれることは、とてもよいことだと思います。

スタッフがしっかり増えることにより、アカデミックな文野でも、社会貢献できる施設になっていけばいいなと思います。

今後、次の世代の先生もSCVCに育って、継続した医療を展開できるようにしていきたいです。

人と人との縁の大切さを実感して、感謝です。

道井先生と僕の接点は、僕が開業するまでなかったのです。前病院を辞めて、SCVCを立ち上げた時に、前病院から解雇という形のなかで、道井先生からメールをもらいました。同世代の医者として、トップとしてのエールをいただきました。それからは、友人を通じて、僕から一緒に働けたらいいですね。半分冗談でお伝えしたこともありました。当時は、かたや北海道大野病院の院長、かたや札幌心臓血管クリニックでたくさんカテーテル治療をしている僕が一緒に働くなんて、非現実的な話でした。でも、SCVCに心臓外科をつくるなら、道井先生クラスでないとつくる意味はないと思っていたのも事実です。
去年の春に今度は、道井先生が大野病院を辞めることになって、僕と同じ悲しい思いをしていると思い、メールなどをしました。自分が一生懸命がんばって作ってきた施設から突然辞めなくてはいけなくなるのは、それを経験したものでなければ、わからない辛さ、痛みがあります。その後やっと連絡がとれてから、友人として月に一回寿司などを食べながら、励ましあう会をやっていました。しばらくは、僕が道井先生を励ます役割でしたが、その後は、お互いの夢を語り合う会になっていったと思っています。

そこから点と点が線になり、心臓外科設立、増築などにつながっていきました。
縁と人の気持ちに感謝です。


2011年10月6日木曜日

Steve Jobs

が、永眠されました。i Phone 4Sがまるで、for Steveだという噂とともに、僕の好きな本のなかの一つがジョブスの本です。成功から失敗から成功という天国と地獄をみているのが、すばらしい。そして、デジタルイノベーションのエジソンでもありました。

僕は、マックの急成長や、携帯電話、ネットなどが、大人になってから、一緒に成長したので、ものすごく短に感じますが、若い人は、携帯やインターネット、スマホも、当然のものであり、Steve jobsを知らないことにびっくりしました。あって当たり前という感じなのでしょうね。

人は必ず死ぬ。そのためには、悔いのないようにまっすぐにおもいっきり生きることが大切だと、Steve jobsをみて、再度思いました。そして、羨ましい限りです。


2011年10月2日日曜日

医療講演


日曜日ですが、手稲地区老人クラブの小さな会で、医療講演をして、心血管ドックをすすめてきました。なかには、僕の患者さんや、以前の東徳洲会時代の患者さんもいて、ありがたかったです。質問もたくさんでました。
僕の原点という感じがしました。

手稲の病院は患者さんがすくないですが、地味な営業で認知されていくように努力を継続したいと思います。

How to do HDR