当院は、内科は、PCI、EVT,CA、device, SHD、外科、コメディカル(放射線、検査技師、ME)、看護部とも充実しているので、
学術集会をやろうと決めた。
目的は、当院の内容を医療関係者への周知と、医療関係者のリクルートにある。
いいアイデアだ。
I am specialist for CTO treatment, if you needed , feel free to contact me. Founder of SCVC, Former Chief of cardiology in Bali international hospital. Please contact me Email rotamanlaser@gmail.com, WhatsApp +818032356345
当院は、内科は、PCI、EVT,CA、device, SHD、外科、コメディカル(放射線、検査技師、ME)、看護部とも充実しているので、
学術集会をやろうと決めた。
目的は、当院の内容を医療関係者への周知と、医療関係者のリクルートにある。
いいアイデアだ。
最先端の技術により、より安全に患者さんに診断、治療を提供できるのは、間違いない。しかし、いまだ、人が関与する限りは、そこに人による差は必ずある。僕らは、最高の医療を最高の技術で患者さんに提供できる病院を目指している。
それが、ダビンチであり、ロボットPCIである。
色々なニュースがあるなかで、朝礼、着替えの時間も労働時間にはいるのか?という質問があって、回答をみた。当たり前だが、業務の命令であれば、それはすべて労働時間になる。日本はもともと契約社会ではなかったので、信頼社会であり、会社もみんなで会社をよくしていこうなんてモードがあった。しかし、このような問題が提起されるということは、すべて法律で動かなくてはいけなくなり、逆に労働時間に対してもそれを遂行できない人は、契約解除という厳しい世の中になってくるのかもしれません。
ぼくは、仕事は、生活の糧と自分の鍛錬するものとおもっているので、仕事があるありがたみを常に感じています。
契約社会になっていく、これからの組織をどうモチベーションをあげながら、職員をひっぱっていくか、腕のみせどころですね。
僕はどんな時代になっても、職員を守る経営をしていきたい。
今更だが、還暦になってもなんとも思わなかったが、同級生が定年を迎える姿を見たりすると、自分より年上の人は、ほとんどが、現役引退状態であろうということが推定されます。僕は現役だけど、これから会う現役の多くの人が後輩になるということがわかります。
恐ろしい話です。普通なら学びの姿勢がなければ、劣化しそうです。中学、高校、大学、医者になってからも、ずっと上がいて、優秀な人がいて、常に勉強、学び、きずきによって成長することが今もできています。
もしネットがなければ、僕の学びはとても少なくなりそうです。SNSのこの時代だからこそ、常に学べることに感謝ですね。
若い頃は、目上の人の話を聞いてそれを自分の知識にすることがとても好きでした。しかし、欠点がありました。話が長いこと。同じことを繰り返すことです。ですから、なるべく話を聞くときは、立ち話にするように気をつけました。そして自分が年をとったときには、長話は止めよう。自分でよかれておもっても、聞かれたこと以上のことは、なるべく喋らないようにしようとおもい、いまに至ります。
長く座り込んで、話をしても、それが建設的ならいいが、そうでないことがほとんどのような気がします。
年寄りがなぜ、話が長くくどいかは、どうも自分にそれを言い聞かせてるかららしいと、指摘がありました。
長話で、自分に再度納得させているそうです。
60歳を超え、定年を迎える年になり、24歳で医者になったときには、すべての人が年上であり、先輩であり、いろんな教えや経験をさせてもらったが、その先輩の多くは、リタイアしているのだろうと思うと、人生って面白いと思います。
そして、まだ学びや気づきが得られるいまの環境に感謝ですね。
いまの学び・きずきとは。
カテーテル治療で日々発見があること。ロボットPCIはとくに新しい分野であり、試行錯誤でたくさんのきずきや学びがある。論文からいろんな学びがある。朝のカンファレンスや、職員の一言などから、きずきも沢山あります。
you tubeからの莫大な情報のなかから、学びも多い。
好きな車とくに最近は、レトロカーや、マニュアルカーに乗り、学びがある。
など。
すごくあることが幸せだと思います。
一般的に早ければ早いほど、いい。ただし、正しい判断ができるかが重要。そのためには、判断するための情報がいまの時点で十分か否かの判断がとても重要。それが早くできれば、決断も自ずと早くなる。
常に考え続けれることを習慣にしていると、アイデアがどんどんでてきます。
自分にできることは、他の人もできると信じてやってきて、なぜなら、できない自分ができるようになったのは、努力をしたおかげだと思っています。
自分は、学生の頃から自分より上の人が確実にいて、その優秀な人を追い越すために、努力をしてステップアップしてきました。
中学、高校、大学、医者になってからもずっとそうです。
凡人の僕は、努力をすることにより、いまの技術や能力を得たと思っているので、当然そんなことは、誰でもできることなのだと思っていました。
以前にも書いたが、この思いが強すぎて、できない部下がいると、手を抜いたからできてないと思っていつもプンプンしていました。
60歳に近づき、自分より優秀な人があまりいなくなってくると、気がつくのですが、自分ができるから他の人もできるということはないということです。
朝早く起きて仕事をする。こんなことは、能力でもなんでもない、単に朝起きればいいだけの問題ですが、それが普通の人はできないらしい。
疑問があれば、勉強する。ときに今はネットがあるので、簡単に勉強できる。それだけ。
カテーテル治療とかするときに、脳内で4Dでデバイスが血管中でうごくようすが僕はみえるのですが、どうもそれは特別らしい。それができると、うまくいかないときに、どうしてかが、瞬時にわかるようになるのだが、それは特別らしい。
努力を惜しむと、自分がだめになりそうで、怖いと思うのは、異常らしい。
最近、自分の異常さに気付かされる日々です。さらに勉強です。
HDRの話をするために、サウジのリアドにいってきました。 お金持ちのくにらしい豪華なものでした。HDRに関しては、Twitterなどで、新しい治療だとか、色々褒められました。HDR自体は、コストが安く、治療としては、いいと思います。 ただ、HDRがうまくいかないときの、次のステ...